もうじきクリスマスですね。昔ほどにはジングルベルの音楽を聴かなくなりましたが、以前は11月後半にもなって買い物に出かけると街の中でもデパートの中でもジングルベルの音が鳴り響いていた気がします。クリスマスといえばキリスト教・イエス様ということに結びつき、また、サンタにもイメージは重なりますが、本来は日本で祝うクリスマスイブとかクリスマスではないようです。クリスマス
クリスマスの次には「お正月」がひかえています。年内のすすを払い、新年を迎える日本の長い伝統の中で育まれた大切な式典ですね。神社といえば神道ということになります。日本人の多くはおそらく新年には何らかの形で神社に参拝するのではないでしょうか?
お正月には神社に参拝し、夏にはお盆を迎え、12月にはクリスマスを祝い・・・・皆、宗教がからむ行事なのですが、一般的に日本人は「宗教」という言葉に拒否反応を示す方が多いように思います。
私は「宗教心」と「宗教」を区別しております。
「宗教心」という観点でいえば、日本人はもともと「宗教心」は高いと思っております。今でも「太陽」に向かって手を合わせる方が大勢いらっしゃるのではないでしょうか?各地を旅行しますと・・・大きな岩にしめ縄がはってあり、そこに手を合わしたりもいたします。大地自然の中に「命」という神々が宿るという思いがあるからだと思うのです。天(太陽)大地(水・石・植物すべて)に感謝する心の表れが「宗教心」ではないでしょうか?
キリスト教のイエス様は「神の子」と言われています。イエス様も神に向かう伝道師のお1人だったわけです。また、東洋ではお釈迦様がおられます。お釈迦様は自分の人生のすべてをかけて宇宙の真理をお解きになり、お悟りを開かれた方です。お2方ともある意味教祖であり、これは「宗教」の中に入ります。私はイエス様もお釈迦様も敬っております。教義という枠とは別の意味で・・・。
では、日本の神道は?どなたかお悟りになられた方が広めたのでしょうか?「天照大神」と称しますが、そのお姿は?「鏡」がシンボルのように思っております。長い長い歴史の中伝承されてきたしきたりもあり、「古事記」にみられるような伝承もあって、三種の神器は皇室がお守り遊ばされているとも聞いております。神社に行けば「祝詞」をあげ「お祓い」をしてくださいます。そこの宮司さんは、神社庁管轄の学校で修行をつまれた方々です。(こうした件についてはもう少し調べたい思っております)
ところで、私たちは亡くなると通常仏式が多いようです。
仏式では49日の法要があります。他界して間もない場合は「現世の執着」が残っております。お経はそうした方々に「現世の執着」を捨てるよう促す言葉です。宇宙の言葉(音)はサンスクリット語に1番似ているようです。49日の法要のときにじーと心をすましてみました。頭だけで考えているとお経はとてもじゃないが難しい。お経を知らない1般の私たちがどうして悟っていくのかが「興味津々」だったから、心で聴くようにしてみたわけです。するとお坊様方の読経の音にその秘密が隠されていたことがわかりました。それで通常は悟っていきます。
49日の法要も済み、ほっとすると「仏」になったのだからもういいだろうとばかり「何でもかんでもお願いする」そうした人とときおり出会います。ところが、「仏」になったとはいえ、「感情」は残っております。そうした方に間違ってお願いをしてしまうと、その方が心配を抱き、上昇(成仏)できずに降りてきてしまい、結果、3次元世界の方にとってはよくないこと・・・(例えばうつなど)が起こってしまうことも多々あります。他界した方が「指導霊」くらいに意識が高くなっておられると、こちらのお願いも大局的な観点から補佐してくれますので「余計なお世話」にはなりませんし・・・私もクライアントさんが真の意味でより良い方向に行っていただくために、そうした方のご援助をお願いすることもありますが・・・・。
家の先祖はどうなんだろうと考えるより、「お仏壇」にはお願いを止め、「感謝の意」を表することが大切です。仏様は大抵上昇していかれます。
このように、49日はこの世からあの世に移行する猶予期間です。
私の叔母が去年なくなりました。亡くなったときは「霊体」でした。その彼女ともいろいろ話、こちらのことは何も心配いらないから息子達を信頼して息子達に任せなさいということなど話ましたので、彼女も私もあまり悲しくはありませんでした。お葬式のおりには、先に他界した彼女の夫が迎えにきていることもわかりました。しかし、49日の「法要」では涙がにじみました。そばにきた彼女に聞くと「これが本当のお別れ」だというのです。私も3男(かわいがってもらいました)も涙がにじみました。彼女はお坊さんのお経の音にのせて執着を手放し「霊体」を捨ててさらに上昇していきました。
ところが、かなり前に他界していても、中々上昇できないままの方も時にはおられます。以前、氏神様のおかげを受けておられる方のお話をしたことがありますが、このかたの場合がそうでした。
彼女に援助してくださった氏神様や他のクライアントさんの時に来られた氏神様に私からお尋ねしたことがあります。
それは、皆様は「神様ですか?」という変なお尋ねです。というのも日本の神社には、以前肉体をもって確実におられた方が、死後に「○○神社」という名で親しまれ敬われていることが多いのが不思議でならなかったからです。
お答えは「以前、宮司をしておりました」とのことです。以前に氏神様は、会社で言えば「課長」のようなものと失礼ながら例えさせていただきました。それは、こういう意味だったのです。つまり、スピリチュアルな世界では、スピリチュアルマスターという言葉をよくいいますが、氏神様も、まさしくスピリチュアルマスターだったのです。(ラジエルの許可を得て公開いたしました)
神道は亡くなって50日で神上がりするというふうに言われ、50日に式典を行います。49日までに執着を手放し「霊体」を捨て「実相体」になって50日を迎えるようです。こうした方々が、上昇した次元で勤めをおえると縁のある神社の氏神としてさらにお仕えくださっているようなのです。私たちは、皆、氏子として気づく気づかぬ・・・は、関係なくお世話になっておるようです。
それを知ってから、縁のある神社と氏神様にお参りすることの大切さを知り、お正月には
「私は、○○に住む○○といいます。昨年1年間有形無形のお守りをいただき感謝しております。ありがとうございます。本年も1層精進いたすべく努めてまいります。どうぞご守護ご加護いただけますように御願い申し上げます」と参拝するようになりました。
単にお賽銭を入れ、あれもこれもお願いだらけでは、御利益はないと思っております。私たちは、皆、意味があって3次元に生まれてきております。本人の精進に関するものだと判断なされたら・・・見守るだけで手を出さないのが神の大局的な愛だからです。そうでないと神依存になってしまいますものね。
新年はどうぞ、お近くの氏神様に感謝の意を表してください。それから、お好きなところに参拝なされるのがいいかと思います。不況と言われておりますが、足下を大切になされば・・・必ずや希望の光は舞い降りるものです。 makiko
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